2007-10-21-1
_ せんすおぶわんだー
NHKのETV特集「日本のSF50年」を泣きながら見る。
せめて10年早く産まれたかったなあ。
しかしSF的技術が次々と実現されていく21世紀を生きていけるのも、SF黎明期に生きるのと同じくらい幸せなことではあるな。考えてみたら。
なんだか後ろ向きな考え方ではあるが。
ところで件の番組では海野十三について言及がなかったのだけど、やっぱり50年以上前のだからかしらん。
(2007-10-23追記) ↑は実況スレでだらだらしながら見てたわけだが、秋葉原が映ったとたんにスレの空気が「なんでそうなる」「もういいよ」的になってたり、いちせさんが「オタク文化=SF後継者かという図式にびっくり」というのを読んだりして、私としてはそーなのかなーと思ったりするわけです。
驚くようなことかなー、と。
むしろ私は(「ハルヒ(or whatever)はSFか」なんて論争を再燃させるつもりはまったくなく)ラノベやアニメにSFが受けつがれていくというのは、SFのありかたとしてアリだと思う。
つーかいまのアキバ(おれは関西人だから日本橋のが詳しいけど)は存在そのものがSFですよSF。フリーゾーン大混戦ですよ(←関係ない)。
聖書だって読み方によっちゃSFだし、プリニウスだのギリシア・ローマ時代の文献はどう考えてもSFだし、そうした奇想天外で怪力乱神な歴史書や旅行記がヴェルヌ、ウェルズによってジャンルSFとして確立され、様式がうまれ、スペオペやパルプフィクションになり、その正当な流れとしてライトノヴェルやアニメにつながるというのは、おれとしては何の不思議も感じないわけです。
その集積地としてアキバがでてくることにも。
ライトノヴェルとの関係で言えば、SFとジュブナイル、ヤングアダルト(つまり今様に言えばライトノヴェル)との親和性ってのは驚くほど高い。
だからこそSFなんて子ども騙しだ、と揶揄されたりもするのだけど。
あ、ラノベやアニメの対象は若年層だけではない、というのはもちろん承知のうえで、ね。
おれもいい歳したおっさんでラノベ読んでアニメみてるけど、やっぱりメインターゲットは比較的若年層だろう。
で、私自身がSF者になったキッカケが、小学校の図書館にあった少年向けSFということもあるから、若年層にアピールするSFとか子ども騙しなSFってのは大歓迎なわけです。
(タテマエとして若年層を対象とした)ラノベ・アニメ・ゲームにSFが「浸透と拡散」していくのは、SFの間口を拡げるという意味ではいいと思う。
おおいに歓迎だ。
↑でなんで海野十三が出てないんじゃーと書いたのはそういう意味でもあるわけです。
子どもの教育・科学への好奇心を陶冶するものとしてのS
[長いので以降省略しました]